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宿毛水上機基地跡地 [├空港]

   2010年11月訪問 2020/10更新  


無題d.png
撮影年月日1947/04/23(USA M274 30) 
出典:国土地理院ウェブサイト(地理院データを加工して作成)

 

高知県‎宿毛市‎にあった「宿毛水上機基地」。

ここはスリップのみならず、階段、トンネル等々たくさんの遺構が残っていて、

検索すれば充実したサイト様がいくらでも見つかります。

防衛研究所収蔵資料「海軍航空基地現状表 内地之部 呉鎮守府航空基地現状表」
の中で、当飛行場について一部次のように記載がありました。

基地名:宿毛(水上基地) 建設ノ年:1938 飛行場 長x幅 米:70x40コンクリート 砂利敷 主要機隊数:小型0.5 主任務:作戦

また、防衛研究所収蔵資料:5航空関係-航空基地-77 終戦時に於ける海軍飛行場一覧表 昭35.6.29調

には、「宿毛空開隊(S18.4.1)(昭18建)」とありました。 

D20_0019.jpg

青マーカー地点。

宇須々木公民館に説明板がありました。

宇須々木の旧海軍基地(全文) 大艦隊の停泊が可能な宿毛湾には、大正10年(1922)に戦艦「長門」を旗艦とする艦隊が寄港して以降、昭和17年(1942)まで、次々と艦隊が姿を見せており、宇須々木が訓練、休養を支える基地として活用された。宿毛湾沖は、ワシントン軍縮会議により廃艦となった戦艦「土佐」を沈下させたり、戦艦「大和」が沖の島-鵜来島間を公式航行試験を行ったことでも知られている。この宇須々木に、常駐の基地が設置されたのは昭和8年ごろで、兵舎が2棟でき、航空隊が配備された時期もあったが、太平洋戦争が激化する中で、昭和20年3月、第21突撃隊の特攻基地本部となった。第21突撃隊は越浦(土佐清水市)、柏浦、柏島(大月町)などにも派遣隊を置き、特攻用の「震洋」が配備された。さらに戦況の推移にともない、豊後水道全域を指揮する、第8特攻戦隊の司令部も大分県佐伯(佐伯市)から移転した。終戦時 宇須々木は、須崎(須崎市)の第23突撃隊、佐伯の第24突撃隊も指揮下におく重要な基地だった。当時は兵舎、桟橋、無線塔、病院など多くの施設があったが、現在も弾薬庫、貯油庫、飛行艇揚陸スロープ、飛行艇の係留場、誘導灯、防空壕などの遺構が残り、戦争を今に伝えている。(遺構に許可なく立ち入りはできません。)現在の宇須々木公民館は兵舎跡に位置する。設置 宿毛市教育委員会

D20_0024.jpg

赤マーカー地点。

スリップは立ち入りが禁じられているのでここから見たスリップ。

分かりにくいですが、画面中央奥にあります。

分かりますでしょうか?


      高知県・宿毛水上機基地跡地      

宿毛水上機基地 データ

設置管理者:旧海軍
空港種別:水上機用
所在地:高知県‎宿毛市‎宇須々木‎
座 標:N32°55′23″E132°40′19″
滑走台:70m×40m 「日本海軍航空史」(終戦時)より
(座標はグーグルアースから)

沿革
1933年    この頃常設の基地が置かれ、一時期航空隊が配備される
1938年    建設(高知空港史より)
1943年04月 建設。1日、水上偵察機搭乗員練成のため宿毛空開隊
1944年    閉隊。指宿海軍航空隊に移動
1945年03月 特攻基地本部となる
       戦後は漁港に

関連サイト:
Wiki/宿毛海軍航空隊   

この記事の資料:
防衛研究所収蔵資料「海軍航空基地現状表 内地之部 呉鎮守府航空基地現状表」
防衛研究所収蔵資料:5航空関係-航空基地-77 終戦時に於ける海軍飛行場一覧表 昭35.6.29調


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