HondaJet・3 エンジン開発 [├雑談]
HondaJet・1 年表■
HondaJet・2 MH02■
HondaJet・4 OTWEM■
HondaJet・5 翼型■
HondaJet・6 機体の特徴など■
ホンダのジェットエンジン開発は、航空機研究プロジェクトと同じく1986年から始まりました。
航空機研究プロジェクトの方が現在のHondaJet開発に繋がっているのですが、
このプロジェクトはここに至るまでに何度か存亡の危機に瀕しており、
HondaJetが事業化されないどころか、
この機体が作られずにプロジェクトが終了してしまった可能性も大いにありました。
一方ジェットエンジン開発に関してホンダは、「エンジンは我々の手の中にある」という強い自負があり、
揺らぐことなく開発が続けられたようです。
ホンダで実際にジェットエンジン開発に携わっておられる方のインタビュー記事をネット上で拝見したのですが、
大学で航空宇宙工学を専攻したものの、
「大学で勉強する航空用のガスタービンなんて実用機に比べれば何もやっていないのとほとんど同レベル。何もかも一から勉強しました」
なのだそうです。
「HondaJet・1 年表」の中でも書きましたが、
ホンダのジェットエンジン開発は、二輪、四輪のターボ開発研究者を中心に始まりました。
元々航空機を勉強していたり、他メーカーで実務経験のあった人材はほとんどおらず、
現在でも、航空機エンジンメーカー出身の中途人材は数人しかいないのだそうです。
要するに航空機用ジェットエンジンに関しては素人同然の開発チームだったわけですが、
そんな彼らがプロジェクト発足当初に何を行ったかというと、
いきなりセラミックタービン、アドバンスドターボプロップ、アフトファンに挑戦しています。
これらをご存じの方からすると、
「なっ、なんだって~!?(@Д@)」
と大層驚かれるのではないでしょうか。
■セラミックタービン
タービンブレードはエンジンの中で最も高温に曝される過酷な部品で、
これが燃費、出力面でネックになってしまっていることは以前の記事■ に書きました。
より耐熱性の高い合金を開発し、それに複雑な細工を施すことで耐熱温度を上げることが出来た分だけ
エンジンの性能を上げることが出来る。というのが現状で、
少しでも耐熱性の高いタービンブレードを開発しようと、各メーカー、研究所がしのぎを削っているのですが、
タービンブレードが溶けるのを防ぐために圧縮空気の実に7~8割を燃焼ガスの温度を下げるために使っています。
本来の燃焼エネルギーを取り出すにはまだまだ至っていないわけで、
かなりマシになってはいるものの、これは1930年代から変わっていません。
ならばいっそのこと耐熱性の極めて高い別の素材でタービンを作れないだろうか。
というのがセラミックタービンの発想です。
自動車用ターボには既にセラミックタービンが使用されており、
「航空用セラミックタービンエンジンの研究」という2002年に発表された論文■ によれば、
「セ ラミックガスタービンエンジンの研究開発は,欧米で実施されており,日本においても昭和63年度に通商産業省工業技術院のプロジェクトにおいて実施されて いる.しかし,これらはいずれも,対象が自動車用および産業用のガスタービンエンジンについてであり,航空用エンジンのタービンにセラミックを使用した研究は現在報告されていない.」
と記されていました。
金属と比較して耐熱性が極めて高いセラミックなのですが、
この材質でタービンを作ろうとした場合、最大の弱点は脆さです。
航空機用のタービンには運転中に極めて大きな負荷と振動が加わるため、注意しないと一瞬のうちに破損してしまいます。
タービンブレードをセラミックでコーティングすることはあっても、タービンそのものをセラミック化するという研究は、
少なくとも2002年の時点で、公表されていませんでした。
ホンダはいきなりそんなところから研究を始めた訳です。
結果的に、製作したセラミックタービンは割れ易く、推力も不足してしまい、うまくいきませんでした。
■ATPエンジン
次に彼らはタービンブレードを従来のメタルに戻し、アドバンスドターボプロップ(ATP)に挑戦しました。
アドバンスドターボプロップはターボファンの一種で、
「アンダクテッドファン」、「超高バイパスエンジン」とも呼ばれています。
元々ターボファンは、大きなファンで大量の空気をゆっくり噴射することで燃費を大幅に向上させたものですが、
それを更に進め、 ターボファンエンジンのファンダクトを取り除き、ファンを大径化したものです。
単にファンを大きくしただけだとファン先端の周回速度がすぐに音速を超えてしまうため、
後退角をつけたり、二重反転にして直径を小さく抑える等、工夫が必要です。
このエンジンは燃費の大幅向上を狙ってNASA、GE、アリソンで1980年代に開発が進められたのですが、
騒音と振動が激しく、現在開発は下火になっています。
同様にホンダでも、その後の原油価格高騰の落ち着き、大きな騒音、高い危険性により開発を中止しました。
激しい騒音と振動が解消できなくては旅客機に使用することはできず、
現在アドバンスドターボプロップで実用化したのは旧ソ連の輸送機等ごく一部のみとなっています。
■アフトファンエンジン
通常ターボファンエンジンのファンは一番前で回っている訳ですが、
その駆動力はエンジンの一番後ろから持って来ています。
高温高圧の燃焼ガスの膨張をタービンで回転に変換し、この回転をシャフト(軸)を介してエンジンの先頭に持って行き、
それでファンを回すわけです。
ところで回転させなければならないのはファンだけではありません。コンプレッサーもそうです。
ファンとコンプレッサーには、それぞれ最適な回転数というものがあるため、
タービンを二段にして、高圧タービンでコンプレッサーを、低圧タービンでファンを、
と分けて回す方式がとられることが多いです。
この場合、効率は高まるのですが、二重のシャフトが必要になるわけで、
それだけ複雑になり、重量面でもマイナスです(中には三軸式のものもある)。
前フリが長くなりましたが、次にホンダが挑戦したアフトファンの場合、
ファンがエンジンの先頭ではなく、なんとタービンのすぐ後ろにあります。
長いシャフトを多軸構造にすることもなく、簡単で軽くできそうなのですが、
この方式ではファンの内周は高温の排気に、そして外周は低温の外気に曝されることになってしまいます。
ホンダで行った実験では、テスト中にエンジンローターが破裂してしまったのだそうです。
一般にアフトファンエンジンの開発と実機への搭載は1950年代に試みられたものの、
すぐに現在の"フロントファン"方式が主流となりました。
セラミックタービン、アドバンスドターボプロップ、アフトファン。
いずれも非常に理想的なアイディアではあるのですが、ホンダがこれらに挑戦した当時は、
名だたる機関が挑戦したものの、技術的に困難で跳ね返されてしまったか、研究途上にある最先端の分野でした。
セラミックタービンに至っては、当時論文も出ていません。
ホンダのエンジン開発陣がこうした事情を知らないはずはなく、
実務経験者もほとんどいないチームで航空機用ジェットエンジンの開発を進めるに当たり、
わざわざ最難関のところから手を付けようとする発想がオイラには驚異的としか言えません。
普通の会社なら、理想に走る若手がこんな企画書を提出→上司に怒られ没END。というのがオチな気がするのですが。
しかも、その分野の権威的なグループがモノにできなかったものに挑戦して、やっぱり上手くいかない。
ということを3回も繰り返しています。
(どうもよく分からない…)と思っていたのですが、
ツインリンクのヒコーキ関係を展示してある一角に HondaJet の説明版があって、最後がこう結ばれています。
「他社と同じような製品ではHondaが参入する意味がない。どのような分野でもHondaは常にそう考えます。」
この辺が本田技研工業の企業哲学ということなのでしょうか。
ジェットエンジンを作るだけでも十分凄いことだと思うのですが、
ただ無難に形にするだけでは自分たちのポリシーが許さない。
それが彼らの絶対に譲れない信念だとすると、
誰もモノにできていないところから手を付けようとするのもなんとなく理解できるような気がします。
こうした先進的な取り組みを経てから5年後、
彼らはやっと、初めて普通のターボファンエンジン開発に手を付けたのでした。
■HFX-01エンジン
研究用ターボファンエンジンHFX-01 主要緒元
形式:2軸式ターボファン 離陸能力:820kgf,25℃まで 燃費率(離陸時):0.45kg/hr/kgf
バイパス比:4.3 乾燥重量:192kg 最大直径(補機を除く):710mm 全長:1,180mm
やっと普通のターボファンに手を出し、そうして出来上がったのがこのHFX-01です。
開発開始から4年後の1995年、B737の胴体横に搭載し、延べ70時間を超える高空テストを実施しました。
HFX-01補器部分のアップ。
風車が付いてますが、どんな役割があるんでしょうか。
このHFX-01で初めて当初目標の出力、重量を達成できたのですが、燃費、推力は既存のエンジン並み。
「これではダメ」という評価だったのだそうです。
いきなり既存のターボファンと同程度のものを作れただけでも十分凄いことだと思うのですが、
これも「他社と同じような製品では~」という信念からするとやっぱり許せないのでしょう。
■HF118エンジン
その後、より強力なHFX20エンジンの開発を経て1999年、後にHondaJetプロトタイプに搭載されることになる
HF118ターボファンエンジンの開発に着手しました。
このエンジンから機体とエンジンの一体開発が始まりました。
目標は20%軽く、燃費向上10%、エミッションはこのクラスでは規定値は無いものの、
自主的に大型エンジンに適用される規定値の20%減と設定しました。
仕組みは他社と同じなんですが、今度は性能面で他社を凌駕するものを目指したわけですね。
ここから先、完全に受け売りなのですが、
軽量化対策として、ECUのセラミック化 、アルミ部品のカーボン材の採用、鋳造部品の板金化等を実施。
エミッションについては自動車のような触媒が使えないため、CVCCを応用したリッチリーン燃焼技術を開発し、
新解析システムにより、GE社も一目置くような高効率コンプレッサーの開発に成功したのだそうです。
すごいですね~ …って、書いてて全然分からん^^;
鳥の吸い込みテスト用のニワトリはすぐに1lb以上に育ってしまうため、1lbに調整するのが苦労したのだそうです。
開発から3年後の2002年にはこのHF118をサイテーションに搭載して飛行テストを行っています。
ターボファンエンジンHF118 主要諸元
エンジン形式 2軸式ターボファン ファン1段、圧縮機2段、タービン2段
離陸推力 757kgf(1,670 lbf) 離陸燃費 0.49kg/hr/kgf(0.49 lb/hr/lbf)
巡航推力 191kgf(420 lbf) 巡航燃費 0.75kg/hr/kgf(0.75 lb/hr/lbf)
乾燥重量 178kg(392 lb) バイパス比 2.9
ファン直径 441mm(17.4inch) 全長 1,384mm(54.5inch)
この「HF118」は、小型軽量、低燃費、低エミッションが特徴のエンジンです。
独自開発の数値流体計算ソフトを用い、エンジン内部の空気の流れを最適設計することにより、
小型で高性能なエンジンを実現。
またシンプルで高性能な燃焼器の開発により、排気エミッションについては、
将来小型機にも適用予想される規制値をクリア出来る低レベルに抑えることに成功しました。
自動車技術として確立してきた電子制御技術を発展させ、このクラス初の超小型エンジン一体型電子制御ユニットを開発。
これにより可変機構を用いないシンプルな構造をとりながらも、優れたエンジン操作性と高い信頼性を実現しました。
このHF118ターボファンエンジンは、150時間地上耐久試験、延べ110時間以上の飛行試験など、
航空用エンジンとして要求される各種試験をクリアしています。
そして2003年12月3日。
ついにこのHF118搭載のHondaJetが初飛行に成功しました。
1986年に埼玉県和光市の基礎研究センターで航空機と航空機用エンジンの研究開発を開始してから18年目、
ライト兄弟の人類初飛行からちょうど100年目のことでした。
また、自社製機体+自社製ジェットエンジンの組合せは民間では世界初のことでした。
オールホンダ。この辺もホンダらしいです。
■HF120エンジン
2004年には世界最大のジェットエンジンメーカーGEと50:50の業務提携を行い、
ホンダが独自開発したHF118をベースに共同で改良を加えたHF120エンジンを開発。
HF120エンジンをHondaJet専用にするのではなく、エンジン単体での世界販売にも乗り出すことになりました。
年表にもまとめましたが、その後ジェットエンジンとHondaJetの事業化に向けて幾つかの会社と施設作っています。
それぞれの会社の役割は公式サイト上で図にまとめられています■
HF120エンジンは燃費や信頼性、低騒音、低エミッション性能を向上させながら、
定格出力を2,095ポンドに高出力化した後継機であり、
GEがボーイング787向けGENxエンジンの開発で得られた最新技術も注入されています。
これにより新しいHF120は、プロトタイプに搭載されていたHF118と比較して重量が軽くなり、
出力が20%増となり、燃料効率も良くなっています。更にクラストップの長いメンテナンスインターバルを誇り、
タービンブレードに使用されている先進的な材質やコーティング技術などにより、
エンジンホットセクションの内部開封検査が必要となる最初のメジャーオーバーホールfは5,000時間不要としています。
HF120ターボファンエンジン 主要緒元
定格推力: 2,095ポンド(950kg)
バイパス比:2.9
最大直径 : 53.8cm
重量 : 182kg以下
■航空機用レシプロエンジン
ジェットエンジンとは別にホンダが2000年から開発をスタートしたプロペラ機用レシプロエンジン。
同じく「ホンダが開発した航空機用エンジン」ということでこちらで紹介させて頂きます。
水冷式の水平対向4気筒エンジンで、これまでに培ってきたパワーと低燃費、
クリーン性能を追求してきた技術を生かして開発したのだそうです。
(説 明版より)アメリカでは、スポーツやレジャーで飛行機をたのしむ人がたくさんいます。また大きな農場などでも、タネをまいたりするのに、小さなプロペラ飛 行機が使われます。そのエンジンの基本は、Hondaがこれまでつくってきたバイクやクルマ、船を走らせるのとおんなじ。そこで、陸や海で一生懸命パワー と低燃費、クリーン性能を追求してきた技術を空の上でも生かしてやろう。皆が喜ぶ、安くて性能のいいエンジンを作ろうと考え、2000年から開発をスター ト。いろんなテストをくりかえし、遂に完成にこぎつけました。
少し前にアップした記事■ の通り、日本のジェットエンジン開発には非常に厳しい歴史があるわけですが、
まったくの異業種から参入したホンダが単独でHF118ターボファンエンジンを作り、
これをベースにGEと50%ずつ出資した会社まで設立してしまいました。
このエンジンが HondaJetとスペクトラム社のS-40フリーダムに搭載され、世界中を飛び回ることになっています。
HF120の推力は950kgで、これは練習機T-1Bに搭載されたJ3エンジン(1,200~1,500kg)、
後継機T-4に搭載されたF3エンジン(1,670kg)よりも小さなエンジンなのですが、
出力、重量、騒音、燃費、排気基準といった基本性能に加え、このエンジンのユーザーは個人、一企業ですから、
信頼性、価格、整備性といった要素が厳しく求められ、これら全てが満たされていないと見向きもされません。
こうした厳しい分野で、世界のエンジンメーカーと十分闘えるものを作りました。
なんというかもう、ただただ凄いことだと思います。
小型で価格を抑えたビジネスジェットの台頭により、
信頼性と耐久性の高いジェットエンジンは今後需要は大きく伸びることが予想されています。
今後GEとホンダ双方の強みを活かしながら、小型ジェットエンジンのビジネスを切り拓いていくのだそうです。