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翼の取り付け位置の話 [├雑談]

中翼だと大変

ヒコーキの主翼は胴体の上に付いている「高翼」、胴体の下についている「低翼」に大別されます。

本当はもう一つ、胴体の真ん中に翼が付いている「中翼」もあって、

中翼式にして主翼と胴体のつなぎ目をなだらかにするのが空力的には理想なのだそうですが、

中翼は戦闘機以外ではほとんどお目にかかりません。

何故かと言うと、大抵の場合左右の翼が一体構造になっているからです。

ヒコーキの簡単なプラモでは、胴体の横に左右の主翼をそれぞれ差し込んで出来上がり。なことが多いですが、

実際の旅客機の胴体は極限まで軽量化した巨大なビール缶のようなもので、

ほんの数ミリしかない外版と小骨から成っています。

そこにただ主翼をくっつけても、とても強度が足りません。

普段見る機会はないですが、左右の翼は「中央翼」で結合されており、胴体を貫通する構造になっています。

翼は薄く見えますので、この中央翼もなんとなく薄っぺらな気がしますけど、例えば747の場合、

中央翼の大きさは、縦横6.5m、高さ2.8mで、重量4.8トンという巨大な箱です。

747の胴体断面は真円ではなく少し縦長になっており、胴体の直径は縦方向で6.8m。

対して中央翼の高さは2.8mですから、胴体の高さの実に4割強に達します。

中央翼の高さが2.8mなのに対して、客室の高さは2.54mですから、

仮に747を胴体の横に主翼が付いている中翼にしようとした場合、

客室のスペースを全て潰してもまだ足りない程ですから、客室は巨大な中央翼で完全に塞がれてしまいます。

旅客機って、旅客機という位ですからキャビンがメインのような気がしますが、

実は主翼と主翼の間にキャビンよりも巨大なモノが隠れていたのです。

こうなると、前部客室と後部客室に分断されて前後の行き来ができなくなり、

搭乗、各種機内サービス、トイレ、ギャレー等、全て前後に分けなければならず、すごく不便です。

もしも長距離便で機内食を全部、後部客室に積んでしまうというミスをしてしまったりすると、もう大変です。

後部客室の乗客たちはファーストクラスの食事を含めて豪華な機内食が選り取り見取り。

前部客室には、「美味い、美味すぎる!」という後部の様子が伝えられるだけで、

着陸までただ指をくわえて空腹に耐えながら我慢しているしかなく、暴動に発展してしまうかもしれません。

機内で暴動が発生しては大変ですから、大抵の旅客機は低翼か高翼にして、中央翼が客室を分断しないようになっています。

 

客室の下は貨物室になっているのですが、低翼の場合はこの貨物室のスペースに中央翼が収まっています。

客室部分が前から後ろまで自由に行き来できる代わりに、貨物室が中央翼で前後に分断されてしまうのですが、

貨物は一度積んでしまえば飛行中に自由に行き来したりすることはあまりないですから、

貨物搭載用ドアを前後に設ける以外にはそれ程不都合ないはず。

「中央翼は巨大な箱」だと書きましたが、中央翼内は燃料タンクに利用されており、スペースの有効利用になっています。

低翼を採用した場合、客室の下に中央翼、その前後に貨物室を設けることが出来ます。

こうすると主脚も短くてその分軽いものにし易いです。

非常に収まりの良い配置になるため、ジェット旅客機は低翼が採用されることが多いです。

ちなみにHondaJetも低翼で中央翼があり、中央翼内は燃料タンクになっていて、その上に胴体が載る構造です。

 

軍用輸送機の場合

大型の軍用輸送機は胴体後部に巨大なドアを設け、

そこからスロープを使って車両等が自走して機内に入っていけるようになっています。

たとえ自走車両が入って行けるほどの大きさの機体でないとしても、

人や物の積み下ろしをするために地上から機内の床までができるだけ低い方が有利です。

また、輸送機は大型の荷物を運べるように、胴体内を可能な限り余計な出っ張りがない状態にしたい。

地上高をできるだけ低く、且つ床をフラットにしたいとなると、低翼では中央翼がどうしても邪魔になります。

という訳で、「軍用輸送機には高翼」というのが定番になっています。

高翼式でも、胴体上部を中央翼が貫通するようにすれば、外見上余分な膨らみをなくすことが出来るのですが、

そうすると天井が部分的にせよかなり低くなってしまいます。

胴体後部入り口からは入れたのに、主翼部分の出っ張りのせいでそこから奥には進めない。ということになるかもれません。

そんな訳で、空気抵抗の面ではマイナスであることを承知の上で使い勝手を優先し、

丸い胴体の上に主翼をくっ付けた形になっています。

当然主翼と胴体の交差部はボコッと膨らんでしまい、空力的にはマイナスです。

 

こうした事情は主輪も同様で、低翼ならば主輪の収納スペースは主翼内等を利用することができるのですが、

高翼式の場合、主翼に収納スペースを設けようとすると、脚を非常に長くしなければなりません。

胴体内に収容すると、貨物室にタイヤハウスができてしまい、やはり使い勝手が悪くなります。

それで輸送機の場合、胴体下部横に主輪収納スペースが張り出していることが多いです。

背中には中央翼が飛び出し、お腹には主輪収納スペースが飛び出し…と、輸送機はずんぐりした印象で、

空力的にもスマートではないのですが、いずれも「胴体内を可能な限りすべて貨物スペースにしたい」という用途に適った形態です。

 

ビジネスジェット機

「軍用輸送機には高翼」というのが定番なのと同様、「ビジネスジェット機には低翼」というのもまた定番になってます。

中/大型旅客機なら、低翼でも(それほど)無理なく主翼にエンジンを吊り下げることができるのですが、

ビジネスジェットのサイズで主翼にエンジンを吊り下げようとすると、

エンジンの分、更にはエンジンが異物を吸い込まない分だけ十分な高さを確保しなくてはならず、

それだけのために主脚を非常に長くする必要があり、重量、収納スペース面で性能を悪くします。

というわけで、低翼のビジネスジェットに「主翼下にエンジン吊り下げ」というのは不向きです。

主翼の上は何も置かずクリーンにするのがセオリーです。

主翼の下はダメ、上もダメ。となると必然的にエンジンの取り付け位置はもう胴体後部しか残っていません。

ということでビジネスジェットは、「低翼、リアエンジン」というのが定番の組合せになっています。

ビジネスジェット機の先駆けとなった機体は、その名も「リアジェット」。

「ビジネスジェット機は低翼、リアエンジン」という定番は、このリアジェットから始まっています。

ところでこのヒコーキ、リアエンジン方式だから「リアジェット」なのかと思いきや、

この機の創始者の名前がリア卿なので、そこから取ってるのだと思います。スペルはどちらも「後ろ」ですけど。
(2012/5/11追記:スペル間違えてました。後ろ→Rear リア卿→Lear リアジェット→Lear ということで、リアジェットのリアは、創始者のリアでした。申し訳ありません。tooshibaさんご指摘ありがとうございましたm(_ _)m)

ビジネスジェットでも高翼にすれば、主翼の下にエンジン吊り下げにできそうです。

しかも胴体後部に取り付けるのとそれ程変わらない高さで。

ただしこの場合、主脚収納スペースをどうするかという問題が生じます。

主翼から長い脚を出すようにするか、

軍用輸送機のように胴体横に主脚収納スペースを張り出すようにするかになると思うのですが、

低翼機と比較してちょっと全体の収まりが悪くなってしまいます。

また、特にビジネスジェット機が低翼を採用する理由として、

1:胴体着陸の際の安全性

2:顧客の心証

が挙げられています。

 

1:胴体着陸の際の安全性 についてですが、

低翼機は主翼の上に胴体が乗る構造になっています。

胴体着陸の際、まず非常に頑丈に作られている中央翼から接地することになり、キャビンが守られるのだそうです。

胴体着陸に限らず、地面に激しく叩きつけられた場合なども、

乗客の頭上に重い主翼、燃料、(エンジン)が載っている高翼より、

そういうものがキャビンの下にある方がなんとなくマシな気がします。

どちらにしろ火災は怖いですけど。

「不時着の際、キャビンがまるで座布団に乗っているように保護される」という低翼のメリットは、

胴体が非常に細長い旅客機の場合は正直なところ、「???」なのですが、

ビジネスジェット機は胴体が非常に短いですから、なんか本当に効果ありそうな気がします。

 

2:顧客の心証 について。

ビジネスジェット機には低翼しかないのが実情なので、仮にの話なのですが、

軽飛行機の分野では低翼、高翼いろいろあり、主に低翼を作るメーカーと、主に高翼を作るメーカーに分かれています。

軽飛行機の代名詞としてあまりに有名なセスナ社は、単発レシプロには伝統的に高翼を採用しています。

「セスナ」と聞けばすぐに支柱付きの高翼、コックピットの前で回るプロペラを連想するのではないでしょうか。

一方、同じ軽飛行機の分野でもほとんど低翼しか出していないメーカーもあります。

それぞれ、自社がなぜこの方式にするのか、もっともらしい意見を幾つも挙げることができるのですが、

もしも「軽飛行機にはこの方式があらゆる面で優れている」というものがあれば、とっくにそれが主流になっているはずで、

低翼・高翼、どちらが絶対的に優れていると断言することはできないようです。

例えば、"高翼派"のメーカーは、高翼機の下方視界の良さをメリットの1つに挙げます。

「高翼機は下方視界が優れています。下方を飛ぶヒコーキの存在にすぐに気付くことができ、非常に安全です。

低翼機ではこうはいきませんよ。我が社の高翼を選んで本当に良かったデスネ」と。

でもこれ、逆もまた真なり。なんですよね。

実は「高翼派」代表のセスナ社もビジネスジェット機を出しており、こちらは低翼を採用しています。

 

ところで低翼をウリにしている側から言わせると、顧客は低翼機について、

「これがあるべき姿だ」というイメージを持っているのだそうです。

ヒコーキを購入する場合、いくつかの候補機の中から選ぶことになります。

そうした時、見た目の印象は非常に重要なのだそうです。

低翼とリアエンジンの組合せのリアジェットが登場して以来、ほぼ半世紀に渡ってビジネスジェット機はこの形態が続いており、

このイメージはすっかり定着しています。

高翼のビジネスジェットを作ったとして、主脚の収まりが悪くなる、胴体着陸が心配(かも)

というデメリットと引き換えに得られるメリットは、

胴体後部からエンジンがなくなるのでキャビンが広くなる(短くて済む)、主翼付け根の軽量化 等です。

ビジネスジェットに高翼を採用した場合、得るもの、失うもの様々で、高翼にしたから劇的に良くなるといわけではありません。

ここで敢えて冒険をしようというメーカーが現れないとしても当然なのかもしれません。