HondaJet・5 翼型 [├雑談]
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■自然層流翼型
HondaJetの主翼には「自然層流翼型」が採用されています。
オイラをはじめ一般人には馴染みのない言葉と思いますが、
「層流」とは、翼や胴体の表面を流れる気流が乱れることなく整然と動いてゆく状態のことで、
こうした状態を特別の装置を使って作り出す方法もあるのですが、
特別の装置なしで実現できるのが「自然層流」・NLF(Natural Laminar Flow)です。
翼断面は一般に漫画的表現の涙を引き延ばしたような形になっており、
丸みを帯びた前縁から徐々に厚みが増し、それから徐々に薄くなって後縁に至ります。
飛行中この翼にどんな現象が起こるかというと、徐々に厚みが増して最大翼厚(翼が最も分厚くなる部分)までは
層流が維持されるのですが、最大翼厚部分を越えて、徐々に翼が薄くなる後縁までの部分に気流の乱れが生じ、
剥離が起こります。
そしてこの気流の乱れ、剥離が大きな摩擦抵抗を生みます。
ではこの抵抗を減らすにはどうすればよいでしょう?
なるべく長く層流の状態を保ち、乱流、剥離の発生を遅らせればよいわけですが、
そのためには最大翼厚をなるべく後方にもってゆく翼形にすれば、それだけ摩擦抵抗が減らせる。ということになります。
これが自然層流翼型の一般的な概念です。
一例ですが、リアジェット28/29クラスのビジネスジェット機で自然層流翼型を採用した結果、
翼の摩擦抗力が従来翼型のおよそ半分になったというデータもありますからこれは画期的です。
■自然層流翼型開発
この自然層流翼型は1930年代からNASAの前身NACAが研究/開発しており、概念としては以前からありました。
大戦期のヒコーキにも採用され、米、英はじめ各国で研究/採用されており、
日本でも戦闘機の強風、紫電、紫電改等に採用されました。
以下、自然層流翼型の数値をA~Dまで4例だけですが並べてみます。
因みに「上面40%」とは、翼の上面で、前縁から40%まで層流が維持される。ということで、
この数値が大きいほど、層流の状態が長く維持され摩擦抵抗の少ない翼型ということになります。
それぞれ、開発年、翼型名、上面と下面で層流が維持される数値の順です。
A.1930~1940年 NACA64-215 上面40%、下面40%
B.1981~1983年 NLF(1)-0414F 上面70%、下面70%
C.1984~1985年 HSNLF(1)-02413 上面55%、下面65%
D.1995年 Honda SHM-1 上面42%、下面63%
この数値だけ見ると、Bの翼型が最も長く層流を維持しており、「摩擦抵抗の少ない翼型」ということになります。
因みに DのHonda SHM-1がHondaJetに採用されている翼型です。
この数値だけで比較すると、
「な~んだ。 HondaのSHM-1って、大したことないじゃん」と思ってしまいますが、
「層流」を追求すると、他の部分に様々なネガが出てしまうのです。
翼は離着陸時の低速/大迎え角から、高速巡航時まで、様々な状況下に置かれ、
その中で安定して性能を発揮することが求められます。
層流翼型は「抵抗が少ない」という点では理想的なのですが、
他に様々な問題点があり、これまで採用例は非常に限られていました。
どんなネガが出てしまうのか、 以下具体的に挙げてみます。
■自然層流翼型のデメリット
当たり前のことですが、翼は揚力を発生させて空を飛ぶためにあり、
この翼こそがヒコーキをヒコーキたらしめている訳ですが、
層流を追及した翼は揚力をあまり発生できなくなってしまいます。
ヒコーキの性能向上の為に抵抗を減らすことは極めて重要なのですが、
そのために揚力が発生できないのでは本末転倒です。
ヘルシーを追求し過ぎて全然甘くないケーキとか、エコを追求し過ぎて全然走らない車のようなものです。
加えて、失速特性の面でも層流翼型は素性が悪くなります。
また翼表面を平滑にしないと却って逆効果になってしまうため、製作には非常に気を遣います。
更にAの翼型とBの翼型は低速域のヒコーキ用の翼型で、高速で飛行するビジネス機には不向きでした
(Bはマッハ0.4まで)。
1980年代に入ってNASAは改めて高速域で使用可能な自然層流翼型を開発しました。
それがCの翼型でマッハ0.7に対応した翼型なのですが、
こうした高速用の自然層流翼型は、どうしても翼が薄くなってしまいます。
翼が薄いと、燃料をあまり入れることができません。
このため、この高速用の層流翼型を採用した機体は、燃料の搭載量を確保するために
必要以上に主翼面積を大きくするケースもあるのだそうです。
翼を薄く作るためには強度の確保も難しくなり、いたずらに重くなってしまう可能性もあります。
1980年代に入って開発された翼型でも失速特性が悪いという問題は解消できず、
更に、高速飛行時の安定性(ピッチングモーメント)が悪いという問題まで抱えていました。
要するに自然層流翼型は、抵抗を減らすことはできるのですがそれと引き換えに、
揚力発生しない、燃料入らない、作るの大変で重くなる、操縦に神経使う等々、性悪の翼になってしまうのです。
■Honda SHM-1の開発
こうした現状を踏まえた上で、ホンダ開発陣は翼に最初から十分な厚みをもたせた上で、
高速飛行も可能で、しかも素性の良い自然層流翼型の開発を目指しました。
飛行中の翼には、前縁から後縁に至るまで、部位ごとに圧力係数が変化します。
前縁部分から急激に圧力係数が高まり、それから後縁にかけて圧力係数が小さくなります。
この圧力係数のピークが大きすぎると、高速飛行時に造波抵抗につながる衝撃波が生じやすくなります。
一方で、この圧力係数のピークが低くては揚力を十分に発生させることができません。
ホンダは従来の翼型設計の常識を覆し、この圧力変化が最適化するように翼型を精密にデザインしました。
SHM-1の圧力分布は、ピークの高さを下げつつ、しかもピークが複数に分散して発生するように設計されています。
従来の翼型ではこのピークが富士山のような高い独立峰になるのですが、
ホンダが開発した翼型は低い山脈が続くような感じです。
これにより高速飛行時に衝撃波が発生しにくく、しかも揚力は十分に確保できる翼になりました。
これはきちんと確認することができなかったので、オイラの想像なのですが、
ピークが低く、長く続くのは、層流から乱流、剥離への遷移を遅らせることにつながり、
その分摩擦抵抗も少ないのだと思います。多分。
ホンダが翼型開発で行ったことが某所で次のように説明されていました。
「従来の翼型設計の固定概念を改め、新しい設計手法を用いて、今までの自然層流翼型のコンセプトを一新しました。
翼型の輪郭を小さな面「翼素」の集合体として表現、この翼素を個々に調整しながら最適化しました。
層流の状態から乱流や剥離への変化点を緻密にコントロールすることで、
小さな抵抗と大きな揚力を確保しつつ、良好な失速特性、低いピッチングモーメントを実現させることができました。」
一般的なこのクラスの主翼の厚さは、前縁から後縁の長さの10~12%なのですが、
SHM-1は3~5ポイント厚い15%。
狙い通り、厚みがあるため強度を保ちやすく、燃料の搭載容量を確保しやすい翼型となりました。
こうした非常に精緻な設計により、SHM-1は自然層流翼型でありながら十分な厚みがあり、操縦特性に優れており、
空力上の理想と実用性を両立させることができたのでした。
この翼型の効果をホンダは1996年に飛行試験で実際に確かめました。
アメリカ空軍のジェット練習機T-33の翼にポリウレタン・フォームをかぶせ、
その上にファイバーグラス製の外皮を貼りつけて層流翼型とし、
赤外線カメラや何種類かの測定機器で観察して、層流が乱流に変わる部位を確定しました。
こうしてホンダが独自開発した、翼厚が厚いにもかかわらず、抵抗が低く、高い速度領域での特性に優れた翼形は、
SHM-1と名付けられてHondaJetに採用されました。
HondaJetの主翼はアルミ一体削り出しスキンを採用することで滑らかな翼表面になっており、
これも燃費向上に貢献しています。
イルカのような機首部分(よくフェラガモのハイヒールからイメージを得たと説明されますが)にも、
同様にNLF設計が施されており、胴体全体の有害抵抗は10%ほど少なくなっているのだそうです。
HondaJet公式サイト/Honda独自開発の自然層流翼と自然層流ノーズ■