泡瀬飛行場跡地 [├空港]
2012年1月訪問 2021/5更新
撮影年月日1947/05/12(昭22)(USAokinawa M1000A 98)■
出典:国土地理院ウェブサイト(地理院データを加工して作成)
沖縄県沖縄市にあった「泡瀬飛行場」。
米軍が上陸後、新規に建設した飛行場です。
現在は総合運動公園、病院、学校、住宅地になっています。
沖縄市の戦跡と基地■ (13コマ目)にこんな一節がありました。
「泡瀬飛行場...1945年5~7月にかけて米軍が建設。50年頃、海・空軍がそれぞれの通信施設を建設した。77年3月までに泡瀬半島先端の通信施設を除き、返還された。 」
赤マーカー地点。
沖縄県・泡瀬飛行場跡地
1945年8月12日、当基地を離陸したF4Uが台北の松山飛行場に攻撃を行いました■
泡瀬飛行場 データ設置管理者:米軍
空港種別:海軍機専用飛行場
所在地:沖縄県沖縄市比屋根3丁目
座 標:N26°18′52″E127°49′26″
標 高:5m
滑走路:1,520m
方 位:02/20
(座標、標高、方位はグーグルアースから)
沿革
1945年05月 1日。着工
07月 完成
戦後放棄。通信基地のみ残る
関連サイト:
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米軍が着工しても、日本名がつけられたのですか?(^^ゞキャンプ××××とか米名はなかったのですかね?(^^ゞ
気になりますねぇ(^o^)
by 鹿児島のこういち (2012-04-26 11:29)
皆様 コメント、nice! ありがとうございます。m(_ _)m
■鹿児島のこういちさん
同じ沖縄の飛行場でも、「ボーロー」、「ビースリー」、「ハンビー」
という名前が付けられた箇所もあるのですが、
当飛行場のように地名を使うケースの方が多いみたいです。
でももしかしたら鹿児島のこういちさん仰るような別名があるのかもしれないですね。
by とり (2012-04-27 05:08)