SSブログ

八雲(室蘭八雲)飛行場 [├空港]

   2010年6月訪問 2023/1更新  


無題f.png
撮影年月日1947/09/03(USA M446 51) 
出典:国土地理院ウェブサイト(地理院データを加工して作成)

北海道‎二海郡にある「空自・八雲分屯基地」。

戦時中は陸軍の「八雲飛行場」でした。

■防衛研究所収蔵資料「陸空-本土防空-48飛行場記録 内地(千島.樺太.北海道.朝鮮.台湾を含む) 昭19.4.20第1航空軍司令部」

の中に 1/10,000の要図があり、先頭のグーグルマップは、この要図から作図しました。

恒風(夏):南東 (冬):南西、滑走路1200x100、誘導路幅30 等書き込みがありました。

同資料の情報を以下引用させて頂きます。

位置 北海道八雲村砂蘭部
気象 気温最低平均一二度
   積雪平均二月に於て一米内外
   霧の発生比較的少なきも六、七月頃発生を見る
交通其の他
   八雲駅より約二粁半にして自動車道路あり
   飛行場南方及西方に高き山岳あり注意を要す 

現在は敷地中央部に立派な滑走路があるのですが、これは新設したもので、

陸軍飛行場当時は作図の位置に滑走路がありました。

■新千歳市史通史編上巻919pには、

八雲 一二〇〇x一〇〇 コンクリート舗装 格納庫八棟+無蓋掩体壕22
(航空自衛隊八雲飛行場)

とありました。

D20_0074.jpg

赤マーカー地点。

陸軍飛行場当時の滑走路は、このフェンスの先から奥に向って伸びてました。

こんな写真、オイラしか撮るまい~。

地元の図書館に町史があり、当飛行場建設のいきさつについて書かれていました。

昭和18年4月19日、陸軍航空本部から関係者が突然来町し、飛行場建設の計画を助役に伝えました。

町長は出張中の函館から急遽帰町し、21日町役場で飛行場予定地域内の土地および建物所有者等と会議を開きました。

この建設計画は21戸の自・小作農を含む全27戸の転出、270町歩の土地の買い上げを意味しており、

撤退期限は6月20日でした。

「突然の軍の飛行場建設に地元の人々が苦労を強いられる」。

というのは当時のあちこちの飛行場建設で見聞きするのですが、

ここでの説明会について、町史の中にこんなことが書かれていました。

「陸軍航空本部を代表して村田大尉から説明があり、設定に対する異議の有無について関係者の意思表示を求めると、未だその言の終わらないうちに先んじて一同寸秒の前後もなく一斉に起立して同意を表明した。ついで町長の感激をこめた祝辞、久保田 徳川農場長の"徳川家の八雲開拓の精神と飛行場建設への奉仕"を披露した祝辞、町長の発声で万歳三唱。村田大尉は「この熱誠あふれる会議の情景は即刻本部に電報する」旨の謝辞があって戦局に対する緊張裡に散会した。」

ということで、説明会に参加した全員の万々歳の元、建設が決まったのでした。

土地の買い上げは当時の法定価格をはるかに超過した額で行われ、

移転は軍、町からの様々な支援のもと実施されたようです。

住民の退去後、飛行場は5か月足らずで完成するのですが、

翌年着任した少佐は「飛行場の装備が戦局の段階に即応し得ないものがある」 として、

掩体壕、誘導路、隠密飛行場、道路、橋梁、堤防などを含む大規模な拡張計画を表明したのですが、

これまた地元からの絶大な支持の元工事が行われています。

地元の反応1つとっても本当に様々なんですね~。

それからオイラ的に気になるのが、「隠密飛行場」という言葉です。

当八雲飛行場にもう一つ、目立たない滑走路を建設したようですね。

ドコに建設したのか、未だ場所が不明なのですが。。。

実はなかなか位置が特定できない飛行場の中に、

「‎八雲町‎に終戦間際に作られた旧陸軍秘匿飛行場(名称不明・現在の八雲飛行場とは別のもの)」

という情報があります。

「現在の八雲飛行場とは別のもの」とのことなんですが、同じ陸軍同士ですし、

拡張工事が行われたのは1944年で、「終戦間際」で同じですし、隠密と秘匿で似てますし、

これは同一である可能性が高いのかも。

■新千歳市史通史編上巻925pには、

(昭和二〇年七月)十四日には艦載機延一三九一機などが、(中略)
帯広、計根別、八雲、丘珠の陸軍飛行場を攻撃した。


とありました。


      二海郡・八雲飛行場     
・八雲(室蘭八雲)飛行場(昭和19年4月資料) データ
設置管理者:陸軍
種 別:陸上飛行場
所在地:北海道八雲村砂蘭部
滑走路:1,200m×80m
方 位:10/28
(方位はグーグルアースから)

・八雲飛行場(現在) データ

設置管理者:防衛省
4レター:RJCY
種 別:軍用飛行場
所在地:北海道‎二海郡‎八雲町‎栄町‎
座 標:N42°14′44″E140°16′01″
標  高:24m
面 積:270ha
滑走路:1,800m×45m
方 位:12/30
(方位はグーグルアースから)

沿 革
1943年04月 19日 陸軍航空本部一行来町。飛行場建設計画を伝える
       21日 町役場にて土地建物所有者への説明会、撤退期限6月20日
       22日 飛行場地区の実地調査
     06月 27日 着工
1943年11月 10日 完成
1944年    大規模拡張工事
     11月 完成
1945年07月 14日 艦載機による空襲
1948年   米軍により破壊
1950年   朝鮮戦争勃発を受け、米軍の接収で新たに飛行場が建設される
1952年   完成
1957年   米軍撤退
1958年   防衛庁に移管

関連サイト:
ブログ内関連記事       

この記事の史料:
八雲町史
新千歳市史通史編上巻
防衛研究所収蔵資料「陸空-本土防空-48飛行場記録 内地(千島.樺太.北海道.朝鮮.台湾を含む) 昭19.4.20第1航空軍司令部」


コメント(12)  トラックバック(0) 
共通テーマ:趣味・カルチャー

コメント 12

セバスちゃん

<笑>確かに2枚目の写真は、とりさん目線ですね。
by セバスちゃん (2010-10-29 09:47) 

カンクリ

>こんな写真、オイラしか撮るまい~。
・・今回だけではなく、いつもそう思って見ています。(笑)
by カンクリ (2010-10-29 11:34) 

sak

この写真撮っている姿見ている人がいたら...
って思っちゃいました(^^
by sak (2010-10-29 11:48) 

Takashi

何が地元住民をここまで支持させる雰囲気にさせたんでしょうね。
時代の流れでしょうかね。それとも、カリスマ町長だったりして^^
by Takashi (2010-10-29 12:37) 

鹿児島のこういち

八雲分屯基地は高射隊の基地なんですね!パトリオット!北方へ向けてるんでしょうか?f^_^;

当時は、地元は協力的だったんですね。地目も高くに買い取られて、よかった、よかったって円満に済んで。
当時は、そうしなければ国の存亡をかけてるから仕方ないんですよね。
by 鹿児島のこういち (2010-10-29 12:50) 

yatoho

とりさん こんばんは

確かに、こういう写真を撮りに行くのは
とりさんだけですよね^^

by yatoho (2010-10-29 22:59) 

まめ助の母

こんなとこにも飛行場…
そして元滑走路を獲物のように狙ってる?
そんな写真ですね(^_^;)
by まめ助の母 (2010-10-29 23:48) 

春分

八雲はそんな感じだったのか。八雲の友人はいいやつだったな。
ただただ広いところというのがその他の八雲の印象です。
by 春分 (2010-10-30 10:06) 

an-kazu

フェンスの存在に反応してしまう私(^^);
 やっぱり杭とかあるのかなぁ・・・
by an-kazu (2010-10-30 10:07) 

コスト

>こんな写真、オイラしか撮るまい
戦争中でスパイがいたら撮るかもしれないですが、
今の時代にA地点の撮影ポイントまで埼玉から行って(ここ重要!)
「滑走路写真確保!」
とやれるのはとりさんだけでしょうw^^
北海道はいったいいくつあるんですか(驚)
A地点での写真確保にnice!
by コスト (2010-10-30 14:17) 

me-co

最近の取材の中で
一番頑張った画像じゃないですか!w^□^w
凄い@@;監視のユルいポイントを見つけたのですねっ◎◎
by me-co (2010-10-31 01:34) 

とり

皆様 コメント、nice! ありがとうございます。

■セバスちゃんさん
>目線
確かにそうですね^^;

■カンクリさん
>だけではなく
ああ、呆れられちゃった(o ̄∇ ̄o)

■sakさん
絶対理解不能ですよね^^;

■Takashiさん
>カリスマ町長
ここまで協力的なケースは初めてでしたのでオイラも同じこと考えました。

■鹿児島のこういちさん
>高く
戦時中に建設した飛行場としては比較的早い時期ということもこの買い取り価格に関係しているのでしょうか?

■yatohoさん おはようございます。
>こういう
でしょうね~(o ̄∇ ̄o)

■まめ助の母さん
>獲物のように
フフフ。オイラ、とりはとりでも実は猛禽ですから。d( ̄∇ ̄*)☆\(--

■春分さん
ご友人がいらっしゃるのですか^^
>ただただ広い
遺構を探して基地北側のこぢんまりとした町を走りまわりましたが、
それ以外の場所は確かにそんな印象でした。

■an-kazuさん
一応ざっと探したのですが、オイラは発見できませんでした。
よく探せばあるかもしれませんね。

■コストさん
>だけでしょうw^^
いや~照れるな~。そんなに褒めないでくださいよ~。d( ̄∇ ̄*)☆\(--
>北海道は
現時点でオイラが場所特定できているのは72です。決して71ではなく。。。
詳しくは宜しければ次の記事をご覧くださいませ。

■me-coさん
確かにオイラにしては頑張った方ですね^^;
すぐ隣が陸上競技用のトラック?で、練習してる人たちが大勢いたのですが、
そんな人たちを尻目に撮ってました。
「アイツ何やってんだ??」って感じだったと思います。
by とり (2010-10-31 07:11) 

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0