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藤岡(静和)飛行場跡地 [├空港]

   2011年11月訪問 2020/12更新  


無題h.png
撮影年月日1947/10/13(昭22)(USA R301 91) 
出典:国土地理院ウェブサイト(地理院データを加工して作成)

栃木県‎栃木市‎藤岡町にあった陸軍の「藤岡(静和)飛行場」。

現在は畑地になっています。

先頭のグーグルマップは、上に貼った地図から作図しました。

資料が見当たらないため、完全にオイラの主観なんですが、

飛行場敷地に沿って排水路(のように見えるもの)があるため、その通りに線を引きました。

所謂「滑走路」はなく、全面転圧の滑走帯だったようですが、それ以外のことは不明です。

D20_0004.jpg

赤マーカー地点。

跡地の端っこなのですが、広々していて飛行場っぽいのでここから。

 

■飛行場建設の経緯と戦後処理についての公文書

昭和21年8月5日付で部屋、静和両村長連名で衆議院議長に請願書が提出されました。

内容は、栃木県下都賀郡静和・部屋両村の跨る元陸軍所属静和飛行場は未完成の儘終戦となりその敷地八十八町歩は現在徒らに放置せられてある 依って連に之を地元静和・部屋両村村民に拂下げ食糧増産の為活用せしめられたいと謂ふに在る

というものでした。

下された判断は以下のものでした。

静和飛行場は当初三菱電機株式会社が製作中であった落下傘を試験する為めに買収したものである
その後第一軍需工廠第二製造廠(小泉工場)がこの附近に疎開しその製作飛行機の飛行場として適當なもの
がなかったのでこの静和飛行場を三菱電機より買上げたものであって終戦後第一軍需工廠が消滅し残務は
商工省に移管されたので本飛行場も商工省所管となったが商工省としては之を國有財産として大蔵省に
引継いだ

従って拂下げ処分は大蔵省で行ふべく大蔵省は當省の意見により処分することになってゐるので當省よりは本
請願に鷹ぜられたい旨通告して置いたのである
ところが第一軍需工廠が三菱電機より買上げた時の支拂金が全額戦時補償特別措置法に依り課税せられたので
同法第六十條により本飛行場は三菱電機に無償で官より譲渡せねばならなくなった
依て本飛行場は近き将来三菱電機の所有に歸する

然し乍ら本請願はまことに尤もであり商工省としては三菱電機に対して本請願の趣旨を汲んで旧所有者に返戻
する様要望したところ同社より直ちにこれに鷹ずる用意ある旨回答して来た
以上の経過に依り今後は直接三菱電機との交渉を要望する

元々三菱電機が落下傘を試験するために買収した場所を飛行場として買い上げ、未完成のまま終戦。

ということのようですね。

「静和飛行場」という名称が出てきます。

この情報は再生おじさんからいただきました。再生おじさんありがとうございましたm(_ _)m


      栃木県・藤岡(静和)飛行場跡地      

藤岡(静和)飛行場 データ

設置管理者:陸軍
種 別:陸上飛行場
所在地:栃木県‎栃木市‎藤岡町富吉‎
座 標:N36°17′22″E139°41′02″
標 高:28m
(座標、標高はグーグルアースから)

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